同窓会長より

西高について
私は第1回卒業生であるので、卒業と同時に同窓会の役員に任じられ、幸運にも少し遠い位置からではありますが、外から西高を見続けることが出来ました。
私が見てきた西高は、あまり大きく変わってくれずに居てくれます。在校生は今でも優しい笑顔で私たちを迎えてくれます。大学受験という人生の大きな岐路にあっても、自分の向かう方向を見失わずに、強い心を持って立ち向かっていてくれています。
多くの卒業生は、2年に1度の同窓会の総会でお会い出来るのでお話しをお聞きしていると、それぞれの立場で、それぞれの結果を出され、社会の中で求められる人材として頑張っておられます。
私にとって西高は長い人生の中でわずか3年間を過ごしただけの場所ですが、ここでの経験は今の自分の基礎を作り、今の自分を支えてくれています。そういう意味で私の生まれた場所であり、私を育ててくれた場所であり、私の帰る場所であると思っています。

西尾良久

同窓生の活躍

心理職公務員・臨床心理士

1 お名前



2 卒業年度

1980年代

3 高校時代の思い出

文化祭か体育祭の準備のため遅くまで学校に残って当日用のマスコットキャラクターを作ったり、同級生とプロレスごっこや雪合戦に興じたりしたことが思い出されます。また、色々とつまずきを覚えては思い悩み、溺れる者がワラにもすがる思いで、自分を支えてくれそうな言葉を求めて本を読み漁っていました。当時よく読んでいたのは加藤諦三氏の著作で、少しでも目に止まった言葉があると傍線を引いていました。

4 現在の職業

心理専門の公務員として公的機関で主に心理アセスメント(査定)に携わっています。具体的には、様々な問題を抱える人たちと面接し、その方の資質や問題点を分析した上で、解決のための処方箋を考えて、レポートにまとめる仕事です。面接中、必要に応じて適当と思われる知能検査や心理テストを選択して使用します。アセスメント以外にカウンセリングを行うこともあります。その他、組織の幹部として様々な案件について他の部署や公的機関と調整を図ったり、講師として同業種あるいは異業種の人たちの前で心理関連の話をさせていただいたりすることもあります。

5 その職業で楽しいこと、やりがいなど

自分でも納得のできるレポートを仕上げて締め切り日までにきちんと提出するごとにホッとするとともに小さな達成感を感じます。当然、難しいケースであるほど、色々と大変ですが、その分達成感も大きくなります。また、心理学の学会主催の大会において研究発表を行い、その際に参加者から反応があったり、後日その研究論文が掲載された学会誌を見て下さった方から問い合わせを受けたりするのもうれしいものです。その他、専門性を高めるための内部研修の場で、心理学の各分野において第一人者である大学教員や臨床家の謦咳に接して刺激を受けることもあります。

6 その職業で辛いこと、苦しいことなど

私が所属する機関の方で、外部からアセスメントの依頼を受けるケースの数をコントロールすることは難しく、ときには一度にかかえるケースが非常に多くなります。また、上述したようにレポート作成には締め切りがあり、それは絶対厳守です。いくら多忙を極めて疲労が蓄積していても、甘えは許されません。そのため、忙しいときには、いくつもの作品を同時に抱えて締め切りに追われる作家や漫画家のような苦しみを味わうことになります。慰めが欲しいわけではありません。私の職業に限ったことではなく、職業人として自分の仕事に責任を持ち、期限までにやるべきことをやり遂げることがいかに大切かを感じ取っていただければと思います。

7 在校生への応援メッセージ

「散歩の途中で富士山に登った人はいない」。最近、色々な書籍やサイトで見かける言葉です。確かに、富士山に登りたいという夢があったとしても、散歩気分でただなんとなく歩いているだけでは、いつになっても富士山に辿り着くことはできないでしょう。富士山に限らず、大きな夢があって、それを実現したいと本気で願うならば、やはり、できるだけ早めに決意して方向性を定め、ゴールから逆算して計画を立てるなどの準備に取りかかることをお勧めします。
万一、夢破れたとしても、早めに気持ちを切り替えて、次のチャレンジに備えましょう。進路で言えば、残念なことに、世の中には第一志望ではない学校や職場に入ると、いつまでも落ち込んだり、ふてくされて、周囲に不満を撒き散らしたりする人がいます。中には、学校を卒業してからも…。しかし、そんなことをしても、自分の評価を貶め、その学校や職場の雰囲気を悪くして、後輩を失望させるだけです。
私の大学の指導教授は、講義中に「自分の大学を愚弄嘲笑する学生がいる限り、愚弄と嘲笑に値する大学にしかならないんじゃ!!」と、たまに叫んでいました。この大学は、県外の某都市で一番と評される私立大学でしたが、超難関国立大学を志望する者にとってはいわゆる滑り止めの大学です。そして、滑り止めとして入学してきた学生の中には、上述したように元気のない学生が少なくないため、それを憂いた教授による喝でした。ちなみに、このように喝を入れられて奮起した学生の中には、4年生になる前に超難関国家試験を受けて合格した人もいます。
また、進路に限らず、この先、生きていれば「もう、どうでもいいや。」と言いたくなるような面白くない出来事に直面することがあるかと思います。しかし、自棄になって言ったことや、行ったことが、良い結果につながることはありません。つらいことがあっても踏ん張って下さい、自分の未来のために。努力を放棄しない限り、挽回のチャンスは残されています。

看護教員

1 お名前

入山茂美(旧姓西村) 小牧市立応時中学校卒

2 卒業年度:何回生

4回生

3 高校時代の思い出

生物の先生から「君たちは原石なのだから磨けば、ダイヤモンドのように輝く」と言われたことや校長先生から「その時その場で全力を尽くせ」と朝礼の度に言われたことが、高校を卒業して、何年もたってから理解できるようになりました。新幹線で行くはずの修学旅行が、台風のため運休となり、バスで行くこととなり、大変な修学旅行となりました。しかし、今になって思うことは、生徒のためにバス会社と交渉をしてくれた先生方に感謝です

4 現在の職業:なぜその職業についたか

今から20年以上前に、青年海外協力隊の助産師隊員として、アフリカのマラウイ共和国で2年間働き、国を越えて人々の健康を守ることができる医療従事者を育てたいと思い、現在、看護系大学で看護教員をしています。

5 その職業で楽しいこと、やりがいなど

看護学生と看護ケアについて議論したり、看護研究のために学生と調査に出かけたり、助産学実習指導で分娩介助に立ち会ったり、忙しい中にも充実感があります。指導した学生が成長していく姿は、我が子のようにうれしいです。初めて受け持ったゼミ生が、卒業後青年海外協力隊の保健師隊員として、ボリビアに派遣された時は「うちの娘はすごい」と思わず、叫んでいました。

6 その職業で辛いこと、苦しいことなど

人と関わる仕事は、時にはお互いの理解不足のために意思疎通がうまくいかないことがあり、難しさを感じます。

7 在校生への応援メッセージ

地道に努力をしていれば、必ず自分が就きたい仕事ができる日が来ます。 時には、高校の勉強に無意味さを感じる事があるかもしれませんが、無意味と思えたことも、将来役に立つことがあります。大きな壁があり、越えられない大きな障害と思えたことも、努力して越えられた時、その障害は宝物となります。障害の数だけ、宝物も増えると信じ、努力を続けていってください。

イラストレーター

1 お名前

Lily

2 卒業年度:何回生

平成15年

3 後輩へのメッセージ

卒業後、専門学校へ進み、最も印象に残ったことは、やはり出会いでした。
西高や専門学校での友人は、今でも私を支えてくれる、大切な大切な存在です。もう一つは、当時先生や周りからかけられた厳しい言葉。今となっては、それは本当に自分のことを思ってくれて、本人に可能性があるからこその言葉で、長い目で見れば、実はそれは私に対する思いやりと優しさだったのです。

そしてそれから沢山の人やものとの出会いが、私を大きく変えてくれ、沢山の方たちに支えられているおかげで、今、制作や活動することができています。そんな暖かい周りに教わったことではありますが、 「自分に足りないものではなく、今あるものに目を向けて感謝すること」 「向いている向いていない、才能があるかないかは関係なく、本人がやりたいかやりたくないかで、こうしたら私が楽しいな幸せだな、と感じる考えを、

一つ一つ選んでいくことで、必ずいい方向へ進んでいくこと」 「不安になっても自信がなくても、その全部を受け入れて、認めてあげられること」 「どんなことも、自分にとってマイナスになることは決してないので、決めたことに自信をもっていいこと」 「自分自身を幸せにすること、変えることができるのは、自分だけだということ」

もしも私の体験したことや、この言葉の中の一つが、皆さんにとって何かいいきっかけになれたら、幸いです。これからの皆さんの生活がより素敵なものになることを、祈っています。

今年度の図書館フェアでLilyさんの作品展を実施しました>>

春日井市役所勤務

1 お名前

HS(春日井市出身)

2 卒業年度:何回生

6回生

3 プロフィール

私は、生まれも育ちも、春日井市です。春日井西高校では、陸上部に所属し、毎日走っていた記憶です。小牧山が近かったことから、「ロードワーク」と称して、走りにも行きました。当然、再開発される前の小牧駅前をかすりながら、市街地を抜けるときには、水田の中の校舎から見る風景とは違うなあ、と思って走りました。また、あの頃は、県大会なども、瑞穂陸上競技場が改装中で、知多市にある朝倉の陸上競技場へ名鉄で遠征していました。「太田川」の駅名は今でも鮮明に思い出します。
大学は豊橋で下宿しましたので、少々、春日井を離れましたが、47年間のうちのほんの4年間です。

4 高校時代の思い出

顧問の加藤先生の影響力が記憶に残りました。陸上部には不釣り合いなくらい立派なウエイトトレーニング機器が部室にありましたから。あと、300メートルグランドを走るのに、野球部、サッカー部、ハンドボール部、ラグビー部の合間を縫って、それでも、淡々と周回していましたね。今ではできません。

5 現在の職業:なぜその職業についたか

春日井市役所に勤務しています。大学の専攻が、文学部史学科日本史専攻でしたので、先生か、公務員といった職業を漠然とイメージしていました。実は、教育実習も母校でお世話になりましたが、教員になることはその生徒に対する影響力の大きさからと当時も教員試験の狭き門に断念しました。

6 その職業で楽しいこと、やりがいなど

配属された部署にもよりますが、いままで経験した私の課では、対外的な交渉もありますので、人と人との出会いがあり、また、自分の力ではできないことを実現できることでしょうか。

7 その職業で辛いこと、苦しいことなど

一言でいうと、「宮仕え」です。思うようにならないことがあっても、我慢を続け、実現できると信念を持つことです。

8 在校生へのアドバイス

新聞などに「希望をもつことができない若者」などの記事が載ります。実は、高校生の頃、それほど希望多き生徒ではありませんでした。ただ、自分の能力(価値)は、自分が評価するだけではありません。自分の評価はそれほどでもなくても、他者から高い評価をされることもあります。場所が変わり、人が変わり、時が変わると、同じことをしている自分に対する他者の評価が、とても高くなっていることがあります。それから、西高校庭外周の走り方は、ブラインドコーナーは、細心の注意を払って周り、直線で加速、またブラインドコーナーと、緩急をつけて、ただし、水田から見ると全部良く見えるのです。人生もよく似ています。

看護師・保健師を目指して勉強中です

1 お名前

名古屋医専 看護保健学科  高橋愛実

2 卒業年度:何回生

平成21年度卒業 第33回生

3 後輩へのメッセージ

私は現在、名古屋医専看護保健学科、第4学年に在学中であり、看護師・保健師を目指して実習に励んでいる毎日です。幼い頃から病気がちであったこともあり、看護師の方に接する機会も多く、名古屋医専に入学する前は「白衣の天使」というイメージを抱いていました。
名古屋医専に入学し、看護を学んでいくに従って、看護の厳しい面も知るようになり、看護師のイメージは大きく変化してしまいました。しかし、患者様やその家族の方、地域の方々と関わらせていただき「ありがとう。あなたがいてくれてよかった。」という言葉をいただくと、看護の道を選んで本当によかった、と実感します。人の命を扱うという厳しい世界ではありますが、その分、やりがいと誇りを持てる職業だとも考えます。
私は高校生の頃、あまり進路について考えることはありませんでした。ただ、漠然と「看護師になりたい」と考えているだけでした。名古屋医専に入学し、看護師でも様々な方面に進めることなどを知りました。私が在校生の皆さんに伝えたいことは、たくさんの人から話を聞いて視野を広げてほしいということです。お父さん、お母さんからでも、学校の先生からでも、誰でもよいと思います。いろいろな人から、様々な話を聞いてほしいと思っています。そうすることによって、ある日、ふっと、道が見えることもあります。
たくさん悩んでいいと思います。たくさん考えて、迷っていいと思います。人生の先輩の声を、自分の力にしていってほしいと思っています。

養護教諭を目指して勉強中です

1 お名前

名古屋学芸大学短期大学部 江口友加里

2 卒業年度:何回生

平成22年度卒業(34回生)

3 後輩へのメッセージ

私は現在大学で、養護教諭に必要な知識を身に付けているところです。専門的なことを日々学んでいると、時にはくじけそうにもなります。
そんな時には、同じ夢を持つ仲間と励まし合い、お互いを高め合っています。素敵な仲間とも出会え、難しいけれど、この道に進んでよかったと思っています。
高校は、自らの将来を決める時でもあると思います。もしも、すでに将来なりたい自分が決まっているのならば、たくさんの大学や専門学校を調べ、オープンキャンパスにも積極的に参加して、自らの選択肢を広げる必要があります。
なりたい自分が決まっていなかったら、今自分がやるべきこと、勉強を必死にやれば、道はそこで広がります。明確な目標がなくても、「今、目の前にあるもの」に一生懸命取り組むことが自信に繋がると思います。
(西高の廊下に掲げられている)「その瞬間、最強であれ」の言葉を自分に向けての言葉だと思って、日々、何事にも精進し、人としても大きく、たくましくなってほしいと思います。

会社社長 ・・・テレビ番組でも紹介されました

1 お名前

後藤容充・奈保子

2 卒業年度:何回生

平成12年度卒

3 高校時代の思い出

修学旅行で初めて黒部ダムに行きました。また、スキーのジャンプ台を見学していたら、前年の長野オリンピックで活躍した原田選手が練習をしていているのを見ることができて感激しました。部活動(バスケットボール)や西高祭も楽しい思い出です。

4 現在の職業:なぜその職業についたか

有限会社後藤サボテンを経営しています。サボテンを種から育て、花屋や雑貨店などに出荷しています。親がやっていた仕事の手伝いを子供の頃からしていましたが、そのまま後を継ぎました。今は夫婦でやっています。

5 その職業で楽しいこと、やりがいなど

自分が作ったサボテンが店に出されているのを見る時や、インターネットでも販売しているのですが、お客さんの声などを読んだ時、うれしい気持ちになります。また、小学生が毎年千人ほど見学に訪れて、寄せ植え体験をしてサボテンを持ち帰ります。小学生との交流は楽しいです。

6 その職業で辛いこと、苦しいことなど

温室内での作業なので夏は大変です。また、売れ行きは景気によって左右されるので困ることもあります。

7 在校生へのアドバイス

卸専門の仕事ですが、サボテンフェア(春日井市の行事)や小学生の訪問などで人と触れ合うことにより喜びが味わえます。どんな仕事でも苦しさと同様に楽しさもあるのでそれを見つけてください。
(後藤さんは広い温室でたくさんのサボテンを育てておられます。びっくりするほど大きなサボテンや、人間より長寿のサボテンもあります。食用サボテンもあります。体に良く、クセもないということで最近需要が増えつつあるそうです。)

公立学校校長

1 NK 
春日井市立東部中学校卒

2 卒業年度

昭和53年 第1回生

3 高校時代の思い出

在校生は、新入生の1年生しかいなく、先生も10数名。グランドは石ころがごろごろ。 体育の授業は、当初石ひろい。のびのびとした雰囲気があり、アットホームな感じであった。部活動は、ラグビー部に所属し、毎日汗を流していた。最初は同好会だったので、自主練習。ルールも自分たちで独学。試合では負け試合が続いたが、部最初のトライはみんなで喜んだ。

4 現在の職業 公立中学校 校長

美術が好きで、芸術大学に進学し、卒業後も美術に関連した職業につきたかった。また、子どもが好きで、教師の職業はやりがいがあると思ったから。

5 その職業で楽しいこと、やりがい

教え子が立派に成長し、自分の進路を歩んでくれること。人の人生を左右する仕事であり、社会に貢献している教え子の姿をみること。

6 その職業で辛いこと、苦しいこと

自分の指導が思うように行かず、思いや心が伝わらない時。

7 在校生へのアドバイス

自分の道を探してください。人との比較や、人の真似でなく、自分らしさを見つけ、それを伸ばすよう努力してほしい。何事にも喜びをもって取り組むこと

助産師

1 お名前

梶野葉子(旧姓田中) 小牧市立篠岡中学校卒

2 卒業年度:何回生

1回生

3 高校時代の思い出

大きな石ころがゴロゴロと転がっていた校庭、広い職員室に少しばかりの先生の机。何かあると気軽に職員室を訪ね、相談できた。先生と生徒の距離感がとても近かった高校と記憶しています。

4 現在の職業:なぜその職業についたか

助産師:幼い頃より子供が好きで、看護師の仕事に興味があり、看護師の道に進む(小児科で数年勤務)。その後、職場が変わり、そこでの人間関係や仕事で悩んでいた頃、病院より、(助産師不足のため)助産師学校受験を勧められ、助産師の道へ。

5 その職業で楽しいこと、やりがいなど

かわいい赤ちゃんや子供達に接せられることが楽しいし、幸せなことです。私自身が癒され、大きなパワーを貰っていると思います。また、育児不安のあるお母様に寄り添い傾聴していくと、いつしか「心が楽になりました」と笑顔になられることがあります。そんな時、やりがいを感じます。そして、お母様が悩みつつも、母として成長し、大きくなった子供を見せに来てくれたりすることもあり、それも楽しみの一つです。

6 その職業で辛いこと、苦しいことなど

十分な愛情を貰っていないと思われる子供を見ると、とても辛くなります。ただ、その親もえてして悲しい生い立ちだったりします。それを知るともっと胸が苦しく、いたたまれない気持ちになります。

7 在校生へのアドバイス

高校時代に、将来の仕事を決めるのは難しいかもしれません。まずは、自分が好きな、興味のある方向に、一歩踏み出すことから始めればいいのかなと思います。その後は、失敗を恐れず、いろいろなことにチャレンジしながら、探していけばいいと思います。私のように、悩んでいた時に急に道が開けることがあります。あの苦しさがなかったら、この道に進んでいなかったと思います。私はこの仕事が大好きで誇りに思っています。なので、今はあの苦しさに感謝しています。

教育者

1 お名前

佐藤 雅史(春日井市出身)
春日井市立東部中学校卒
ヨーロッパ野球支援団体「GLOVE」代表

2 卒業年度:何回生

平成7年度卒

3 プロフィール

佐藤さんは2001年12月~2003年12月までJICA(国際協力機構)の青年海外協力隊事業で、東ヨーロッパにあるハンガリー共和国に野球隊員として派遣されました。
そこでの2年間の活動をきっかけに、帰国後にヨーロッパ野球支援団体「GLOVE」という団体を設立しました。
野球が世界中に人々に愛されることにより、世界中の人々が手を取り合って笑顔になれることを願い活動しているそうです。
なお、佐藤さんは高校時代は西高野球部の主将でした。

4 高校時代の思い出

部活動(硬式野球)で初心者も経験者も一緒になって白球を追いかけ、バカ騒ぎしたり、問題を乗り越えたのを覚えています。やはり3年生最後の夏の大会は一番印象的でした。負けた後、みんな涙を流し、今考えるとそれだけ一生懸命やっていたんだと思います。

5 現在の職業:なぜその職業についたか

KTC中央高等学院(通信制高校「屋久島おおぞら高等学校」のサポート校)で高校生の単位修得、進路、メンタル、コミュニケーションスキルサポートをしています。
苦しんできた生徒がほとんどで、でもその分人に優しくなれたりする、そのことを気付かせてあげたいと思いこの職業に就きました。

6 その職業で楽しいこと、やりがいなど

卒業して成長していく姿に立ちあえる事です。100回裏切られても101回目を信じていると成長してくれる瞬間があります。卒業式は本当に幸せを感じる事ができる1日です。

7 その職業で辛いこと、苦しいことなど

待つ事です。人はすぐには成長できません。一緒に歩いて、一緒に休んで、それでも理解されない事もあります。そんな状況の後に成長すると喜びも倍増しますけどね・・・

8 在校生へのアドバイス

人の悲しみを悲しんだり、人の喜びを喜べる人になって下さい。また、人の喜びのために汗を流したり、嫌な事に耐えたり、人の嫌がることを率先してやったり、できる人になって欲しいです。努力に即効性はありません。「小事が大事を産む」小さな事は必ず大きな結果へとつながります。

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